間質性肺炎体験記(令和6年(2024年)12月・1年5か月〜6か月目)


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間質性肺炎体験記(令和6年(2024年)12月)

■令和6年(2024年)12月3日(火・509日/1年5か月目(44歳))

11月は「みんなで歩活」参加のため、投稿の時間を惜しむ程に寸暇を惜しんで歩いていました(ほとんど足踏み)。
振り返ると咳が少し出ることと、喉がイガイガすることが気になった月でした。
しかし、イガイガと言う明確な原因(と思われること)がありますし、のど飴を舐めながら、また加湿器も使いながら日々を過ごしています。
酸素飽和度も、99〜97%と正常値です。

「みんなで歩活」は、歩数を競うゲームです。
11月一杯の合計で、1日平均2万歩を越えることが出来ました。
周りからは「アル中(歩活中毒)」などとからかわれますが、以前から歩いていたこともありますし、肺の強化にも少しは役立っているのではと考えています。
こう一旦考え出すと、やらなきゃ!と焦りが出て来てしまいますが…。

何となく息が切れる感じがしたり、後ろ向きな考え方は相変わらずです。
我ながら忙しい師走に埋没しつつ、過度に不安にならずに過ごせればと思います。


■12月6日(金・512日/1年5か月目)

仕事上必要な健康診断があり、毎年受けています。
今回も合格ラインに達していたようで、一安心です。

診断の過程で何度か「いま病院に通っていることはありますか?」とたずねられます。
ここで「間質性肺炎の疑いで経過観察中」と言うべきなのか、まだ「疑い」なのに。
そこで、7月の人間ドックでも要精検ではなく経過観察だったこともあり、「特にありません」と答えました。
ここで検査を通れず、希望している仕事への途を絶たれたくない思いも、当然あります。

順調(?)に進んでいましたが最後の問診で、先生から「呼吸器系で何か…?」とたずねられてしまいました。
系列の病院だったからか、結果が共有されていたのでしょう。
冷静を装い、いやまあ、経過観察で半年に1回くらい…と答えたところ、それ以上の追及(??)も無く終了。

素直に話せば良いだけなのですが、自分で首を絞めている気もします…。


■12月10日(火・516日/1年5か月目)

通勤途中、目の前で煙草を吸ったうえにその場に投げ捨てる行為を目にし、最悪な気分になりました。
路上喫煙が禁じられている場所…それ以前の話ですが。

大切な人がいて、大切なものがあるのでひたすら堪えるのみです。
しかし自分の何気ない行動が、すぐ隣の人の命をピンチに追いやっているのかも知れないとは、僕がこうなってからようやく気付いたことです。

周りのことなど気にせず、しばしば突っ走ってばかりでしたから…。
まぁ、世を正すならこんな投稿をするよりも、その場で当事者を張り倒したほうが成果はあるかも知れませんが、大切な人を悲しませないよう、行動を慎むのみです。

このあたりの世直しは、政治にお願いするしかないと思います。


■12月23日(月・529日/1年6か月目)

先日、遺族年金の給付が5年間の期限付きになる!けしからん!と投稿しました。
ただいきなりでは無く、まず40歳まで対象年齢を上げ、その後段階的に60歳まで上げると言う話のようです。
早とちりを申し訳ありません。

今44歳の僕は、これに気付いたとき、良かった!と正直に思いました。
こんなこと思うべきではありませんが、やったぜ!と。
この先のことなど誰にも分かりませんが、もし何かあったら何か少しでも残さないと、そりゃあ足しになる額とは言えませんが…。

それにしても、随分薄情な政策だよなとは思います。
流石リベラル媚中与党は…なんつって。


■12月27日(金・533日/1年6か月目)

間質性肺炎が進行した苦しさに、常に溺れているような状況に陥ると言います。
率直に嫌だなぁ…と思うし、もうどうしようも無くなったら、苦しまないよう対応したい(して欲しい)と言うのが今の希望です。
と、自分の考えが変わりつつあることに気付きました。

なるべく長生きしたい、120歳まで生きるぞ!と公言しています。
どんな苦しんでも、生きていた方がマシだと思っていましたが、ちょっと変わって来ました。
もちろん(?)死ぬことは怖いですが。

ちょっと息が切れるのが早くない?気のせい?と感じる年末です。
明年も一病息災で!

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